名古屋高等裁判所金沢支部 昭和37年(う)87号 判決 1963年3月19日
被告人 佐々木助一 外七名
主文
原判決を破棄する。
本件を魚津簡易裁判所に差し戻す。
理由
所論は要するに、原判決には審判の請求を受けない事件につき判決をした違法がある旨主張し、その理由として、原判決は罪となるべき事実第一乃至第三、第五及び第六において、被告人等が供与又は饗応接待をなし、若しくはこれを受けた日時を昭和三五年九月二〇日頃又は同月二二日頃と認定判示しているが、本件各起訴状記載の公訴事実においては、右日時中前者に相当するものは同年一〇月一〇日頃、後者に相当するものは同月中旬頃となつているのである。而して選挙事犯においては、立候補の決意又は届出の時期、選挙期日等との関係上、その行為の時期如何が犯罪の成否に至大の関係を有するものであるから、同年一〇月一〇日頃又は同月中旬頃の起訴事実と同年九月二〇日頃又は同月二二日頃の原判示事実とは、仮りにその日時以外の公訴事実特定事項に一致するところがあつても、明らかに事実の同一性がなく、原判示事実につき、判決することは許されないものである。然らば原判決は、審判の請求を受けない事件につき判決をしたものとして破棄を免れない、と言うのである。
よつて先ず、原判決書と本件各起訴状とを調査するに、原判決書には罪となるべき事実として、「第一、被告人佐々木助一は昭和三五年九月二〇日頃、富山地方鉄道株式会社事務所において原判示候補者の選挙運動者である中健太郎から、同候補者に当選を得しめる目的のもとに、同候補者への投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、供与されるものであることを知りながら、現金三、〇〇〇円の供与を受け、第二、同被告人は同月二二日頃右事務所において、同候補者の選挙運動者である被告人河村茂次から、同候補者に当選を得しめる目的のもとに、その投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、供与されるものであることを知りながら、現金一、〇〇〇円の供与を受け、第三、被告人佐々木与作、同佐々木助一、同朝倉浅吉は共謀のうえ、同候補者に当選を得しめる目的を以つて、立候補届出前である同日頃、原判示被告人佐々木与作方において、選挙人である被告人佐々木藤次外四名に対し、同候補者のための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、一人当り代金三三〇円相当の酒食の饗応接待をなし、第五、被告人河村茂次は同候補者に当選を得しめる目的を以つて、同日頃前記事務所において、選挙人であり、同候補者の選挙運動者である被告人佐々木助一に対し同候補者のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、現金一、〇〇〇円を供与し、第六、被告人谷口隆義、同佐々木藤次、同佐々木繁作、佐々木武雄等は、原判示選挙に際し富山県第一区における選挙人であるが、同日頃前記佐々木与作方において、同候補者の選挙選挙運動者である被告人佐々木助一、同佐々木与作、同朝倉浅吉等から、同人等が同候補者に当選を得しめる目的のもとに、投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として、饗応接待するものであることを知りながら、一人当り代金三三〇円相当の酒食の饗応接待を受けたものである」旨判示しており、次に被告人佐々木助一に対する起訴状記載の公訴事実第一には、犯罪行為の日時を昭和三五年一〇月一〇日頃と記載する外、すべて前記罪となるべき事実第一と同旨の記載があり、また同公訴事実第二及び第三には、犯罪行為の日時を同年一〇月中旬頃と記載する外、すべて前記罪となるべき事実第二及び第三と同旨の記載があり、更に爾余の被告人等に対する各起訴状記載の公訴事実にも、犯罪行為の日時をいずれも同年一〇月中旬頃と記載する外、すべて前記同被告人等の罪となるべき事実第三、第五、第六と同旨の記載があることは、いずれも所論のとおりである。そこで犯罪行為の日時だけを異にする右起訴事実と原判示罪となるべき事実との同一性を検討するに、右両事実は、爾余の公訴事実特定事項すなわち、犯罪行為の主体、場所、相手方、態様、目的物がすべて同一、共通であるばかりでなく、その日時においても、その間僅かに約二〇日間の隔りがあるに過ぎず、いずれも同一選挙期日から二個月以内の出来事であり、而も記録を精査しても、関係被告人等がその約二〇日間内に同種の犯行(日時以外の公訴事実特定事項を同じくするもの)を二回以上行つたことを疑うべき証拠がないから、起訴事実と原判示事実とは、右約二〇日間内における特定の同一事犯を捉えて、起訴又は審判したものと認むべきであり、公訴事実の同一性を認めるに十分である。然らば原判決には、審判の請求を受けない事件につき判決をした違法がなく論旨は理由がない。
論旨第二点の(1)について。
所論は要するに、原審の訴訟手続に法令違反がある旨主張し、その理由として、仮りに前論旨主張にかかる起訴事実と原判示事実との間に同一性があるとしても、前論旨主張の如き選挙犯罪の特異性から、訴因変更の手続がなくては、原判示事実を認定して判決することができないのに拘らず、原審は訴因変更の手続を経ないで、右事実を認定判示したのであるから、原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があり、原判決は破棄を免れない、と言うのである。
よつて案ずるに、原判示罪となるべき事実第一の犯行日時が昭和三五年九月二〇日頃となつているのに対し、これに該当する起訴事実の犯行日時が同年一〇月一〇日頃となつており、原判示罪となるべき事実第二、第三、第五、第六の各犯行日時が同年九月二二日頃となつているのに対し、これに該当する起訴事実の犯行日時が同年一〇月中旬頃となつていることは、上来説示したとおりである。併しながら前叙の如く、起訴事実と原判示事実との間に同一性を認め得るとしても、その犯行日時を原判示の如く認定して判決するがためには、訴因の変更を要するか否かは、別途に考究を要すべきものであるところ、犯罪行為の日時の如きは、訴因明示の一手段たるに過ぎず、訴因を構成する要件そのものでないから、これが変更認定につき、訴因変更の手続を要しないものと解すべきであるから、これと反対の見解に立つ所論前段の主張は、採用することができない。併しながら、本件の如き選挙事犯においては、立候補の決意、準備、届出、選挙運動の開始、選挙期日等、選挙情勢の推移に伴い、行為の時期如何が犯罪の成否に至大の関係を有すること、所論の指摘するとおりであるから、起訴事実における犯行日時を、犯罪の成否に影響する程度に変更して認定するがためには、予めこれにつき、訴訟当事者特に被告人側に防禦の機会を与えるべきであるところ、本件においては、起訴事実における犯行日時が選挙期日の約三十数日前であつたのをそれより約二〇日間遡らせ、選挙期日から約二個月前の犯行と変更して認定したのであるから、犯罪の成否に関係を有する日時の変更であり、これにつき被告人側に対し、予め防禦の機会を与えるべき筈であつたのに拘らず、記録を精査しても、原審が原判示犯行の日時につき、検察官に起訴状の訂正を促すとか、或は被告人側に意見、弁解又は反証を促した形跡もなく、或は少くとも、この日時が後日事実認定の対象になるかも知れないことを示唆した形跡さえもなく、却つて被告人側において、専ら起訴事実の日時における犯行につき、反証を挙げるのに終始没頭し、原判示日時における犯行につき、予備的防禦をおろそかにしているのを傍観したまま結審し、卒然として原判決を宣告したのであるから、所謂抜き打ち裁判をしたそしりを免れ得ない。而してこれは、原審が訴訟指揮及び釈明義務を怠り、延いては審理を尽くさなかつたことに帰着するから、その訴訟手続上法令違反を冒したものと言うべきであり、その違反は窮極において、犯罪の成否に関するものであるから、判決に影響を及ぼすものである。而も右の法令違反は、原判示第一乃至第三、第五及び第六の各事実について存在し、被告人全員の罪となるべき事実に亘るから、被告人中適法に審判を受けた他の犯罪事実と併合罪として処断されている者があると否とを問わず、全被告人につき、原判決は破棄を免れない本論旨後段の訴訟手続違反を主張する部分は、理由がある(なお(一)原判決が証拠として挙示する供述調書中には、当該供述者以外の相被告人に対し証拠とすることができないものが多数存在するに拘らず、原審はこれ等相被告人に対する証拠として、右供述調書を漫然羅列した違法がある。次に(二)原判決は犯罪行為の日時を認定する証拠理由中において、本件全記録を総合して右日時を認定した旨説示しているが、右の如きは証拠説示をしないのに等しく、而も本件記録は、一、四〇〇丁余に達するものであり、且つその中には証拠となし得ないものが多々存在しているのであるから右の証拠説示は適切でない。更に(三)原審第二回公判調書添附の証拠関係カード記載にかかる請求順序二八以下の証拠(配録第一〇九丁以下)については、その立証趣旨が明らかでなく、辛うじて公訴事実立証の証拠として、採用、取り調べられたものと理解し得ない訳でもないが、一方自己矛盾に限らない刑事訴訟法第三二八条の証拠として採用、取り調べられているようにも看取され、そのため、これ等証拠を原判示事実認定の証拠として挙示している原判決が破棄を免れない違法を冒しているようにも受け取れるから、右証拠関係カードの記載は、法曹会発行の冊子「公判手続と調書」一九五頁の記載例を踏襲したものとしても、適切でない)。
よつて爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三七八条第三号に則り、被告人全員につき原判決を破棄したうえ、当審において自判するのを不相当と認め、同法第四〇〇条本文に従い、本件を原裁判所である魚津簡易裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義盛 堀端弘士 立沢秀三)